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神戸地方裁判所 平成3年(行ウ)34号 判決 1994年8月10日

原告

日成建設株式会社(X)

右代表者代表取締役

井上儀一郎

右訴訟代理人弁護士

淺野省三

能瀬敏文

被告

西紀町長(Y2) 森口武治

被告

西紀町(Y1)

右代表者町長

森口武治

右被告ら訴訟代理人弁護士

酒井隆明

主文

一  原告の被告西紀町長に対する訴えをいずれも却下する。

二  原告の被告西紀町に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一(主位的請求)

原告が平成元年一二月二〇日に提出し、被告西紀町長が平成二年二月一九日に受付けた昭和六三年四月一日兵庫県告示第六〇五号の大規模開発及び取引事前指導要綱(以下「本件要綱」という。)所定の兵庫県知事宛の開発行為協議申出書(以下「本件申出書」という。)について、被告西紀町長が受理の取り扱いをせず、かつ、右申出書を兵庫県知事に遅滞なく送付しないことが違法であることを確認する。

(予備的請求)

被告西紀町長(以下「被告町長」という。)が、平成二年五月一一日付で原告に対してした、原告が平成元年一二月二〇日に提出し被告町長が平成二年二月一九日に受付けた本件要綱所定の本件申出書を受理しない旨の通知処分が無効であることを確認する。

二 被告西紀町(以下「被告町」という。)は、原告に対し、一〇〇〇万円及びこれに対する平成三年一〇月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、原告が、

1  被告町長に対し、被告町長は例外なく本件要綱に基づく事前協議申出書の提出を受理し、かつ当該申出書を遅滞なく兵庫県知事に送付すべきであって、これらについて被告町長に裁量の余地は全くないと主張して、主位的請求として、被告町長が原告の提出した本件申出書について受理の取り扱いをせず、かつ、同申出書を兵庫県知事に遅滞なく送付しないことが違法であることの確認を求め、予備的請求として、被告町長が原告に対してした本件申出書を受理しない旨の通知処分の無効確認を求め、

2  被告町に対し、被告町長に本件申出書につき違法な取り扱いがあったことを理由として、国家賠償法(以下「国賠法」という。)一条に基づく損害賠償を求めた事案である。

二  争いのない事実

1  兵庫県においては、昭和五〇年から兵庫県告示の形式で「大規模開発及び取引事前指導要綱」が定められ、数次の改訂を経て現行の本件要綱となっている。本件要綱によると、一定の規模の開発行為を行うには、例外はあるものの、事前に開発予定の土地が所在する市町長を経由して、知事宛に開発行為協議申出書を提出すること及び知事との協議が義務づけられている。

2  原告は、兵庫県多紀群西紀町栗栖地域の山林等約一八〇ヘクタールを対象地として、一八ホールのゴルフ場(以下「本件ゴルフ場」という。)の建設を計画して、平成元年一二月二〇日、被告町長に対し、本件要綱所定の兵庫県知事宛の本件申出書を提出した。

3  平成二年二月二〇日、兵庫県都市住宅部長は、被告町長に対し、兵庫県は同月二三日以降は、市町等に既設、工事中、事前協議同意済み及び事前協議中のゴルフ場が一つでもあれば、ゴルフ場の開発行為の新規の受付はしない旨、本件要綱を改正すると通知した。

4  被告町長は、平成二年五月一一日付で原告に対して本件申出書を受理しない旨の通知をした。

5  被告町長は、本件申出書を受理せず(但し、一度も受理していないのか、一度受理したがそれを撤回して不受理としたかについては争いがある。)、かつ、これを知事へ送付していない。

三  争点

1  本件要綱三条一項所定の事前協議申出書の不受理が抗告訴訟の対象となるべき行政庁の処分に該当するか。

2  被告町長が本件申出書を受理したか。

3  被告町長が本件要綱所定の事前協議申出書を受理するか否かにつき裁量の余地はあるか。

4  被告町長が本件申出書を受理せず知事に送付しなかったことは違法か。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1  不作為の違法確認の訴え及び処分の無効確認の訴えの対象となる処分は、公権力の主体としての行政庁がその優越的な地位に基づく公権力の行使として行う行為であって、国民の権利義務又は法律上の利益に影響を及ぼすような性質のものをいうと解される。

そこで、本件で問題となっている事前協議が右にいう処分にあたるか否かを検討する。

2  本件要綱三条一項は、「開発行為計画者は、開発行為をする目的で土地の所有権、地上権又は賃借権・・・を取得しようとするときは、あらかじめ知事と協議しなければならない。」旨を、同要綱四条は、右協議をしようとする開発行為計画者は、「開発行為協議申出書・・・を・・・開発行為をしようとする土地が所在する市町長を経由して知事に提出しなければならない。」旨を、同要綱八条は、知事は、右協議を行わなかった者については、「開発行為に関連する法令等による許認可等の際、斟酌するものとする。」旨をそれぞれ規定している。

【要旨一】右各規定によると、開発行為に関連する法令等による許認可等の際、開発行為の協議が整っていることは要件とされておらず、また、右の協議とは、開発行為計画者が知事と現実に協議した場合のほか、開発行為計画者が誠意をもって知事に協議を申し入れたが、知事において合理的な理由なく応じなかった場合、あるいは、開発行為計画者が誠意をもって協議申出書を開発行為をしようとする土地が所在する市町長に提出したが、市町長が合理的な理由なく右申出書を知事に送付しない場合も含むものと解されるから、誠意をもって知事に対し協議の申し入れをし、あるいは、協議申出書を市町長に提出している限り、開発行為に関連する法令等による許認可の申請をすることに支障はないものということができる。

3  ところで、農地法、森林法をはじめとする土地利用に関する規制法規をみても本件要綱のような事前協議制度を定めている規定は見当たらないから、結局、この制度は、開発行為に着手する前に県知事との間で脇議を行わせ、各種の規制法規や県等の土地開発政策に適合した開発が円滑に行われるよう指導するために実施されているものであって、あくまでも開発予定者が任意に応じることを期待して行われる事実的行為であり、法律に基づいた権力的行為ではなく、非権力的な行政指導であると解するのが相当である。

さらに、本件要綱が「協議」という公権力の行使としての性格を読み取りにくい用語を用い、かつ、協議に応ずべき要件を規定しておらず、それが処分であることを窺わせるに足りる法令の規定がないことを併せ考えると、知事が応ずる事前協議は、相手方の法的地位に変動を及ぼすことはあり得ないから、それを公権力の行使ということはできず、処分としての性格を有しないものというほかはない。

4  また、右に述べたように、開発行為計画者は、知事が協議に応じない、あるいは、市長町が協議申出書を知事に送付しないとしても、誠意をもって協議を申し入れ、あるいは、市町長に協議申出書を提出している限り、開発行為に関連する法令等による許認可の申請ができるのであるから、本件のように市町長が協議申出書を受理せず、かつ、その申出書を知事に送付しないこと自体は、開発行為に関連する法令等による許認可の申請をするにつき何らの影響を与えるものではなく、この点からも、右の協議は処分としての性格を有しないということができる。

5  そうすると、本件要綱三条一項所定の事前協議申出書の不受理は抗告訴訟の対象となる行政庁の処分に該当しないものというべきである。

二  争点2について

1  原告は、被告町長が、本件申出書を平成元年一二月二〇日付で受理したにもかかわらず、その後、一旦受理した本件申出書を正当な理由なく撤回して不受理としたと主張しているので、検討する。

2  〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。

(一) 行政でいう受付とは、形式的な要件を審査したり、内容を確認するために申請書類を受け取ることをいい、預かりも受付とほぼ同じ意味をもつものである。

他方、行政でいう受理とは、形式的な要件が整って、正式に審査の対象として受け付けることをいうものである。

(二) 平成元年一二月二〇日、原告側は、本件申出書を被告町に持参した。受理のためには申出書四部が必要であるところ、被告町は、一部を参考のために預かり、残り三部を原告側に持ち帰ってもらった。そして、被告町は、本件申出書一部を預かった際、受付印は押さなかった。

(三) 平成二年三月三日、本件ゴルフ場の測量や設計を担当していた株式会社橋本測量設計土木から本件申出書を受理してもらわなければ同会社としても費用が支払ってもらえなくて困ると強く要望されたため、被告町は、一応本件申出書を預かった。その際、被告町としては、同町の土地利用委員会にかけた上で本件申出書を受理するか否かを決める意図であったので、本件申出書を受理要件が整ったものとして正式に審査の対象として受け取ったものではなかった。

(四) 被告町は、平成二年五月二日、土地利用委員会を開催し、その意見を聞いた結果、同月一一日付で原告に対して本件申出書の受理はできない旨の通知をした。

(五) 被告町は、平成二年七月二五日ころ、原告から本件ゴルフ場の開発業務の具体的事務を受託していた杉浦地所株式会社から厳しく本件申出書の県への進達を要望されたため、同年八月一〇日ころ、本件申出書に平成元年一二月二〇日の受付印を押した上、同月一三日に兵庫県柏原土木事務所へ本件申出書を持参したが、県は、本件申出書を受け付けなかった。

3  右2で認定した事実によると、被告町は、本件申出書を二度にわたり預かったことがあるものの、その際、いずれも受理していないことが認められる。また、同認定事実によると、被告町は、本件申出書に平成元年一二月二〇日付の受付印を押しているが、その行為だけでは、本件申出書を受理要件が整ったものとして正式に審査の対象として、右同日に受け取ったと認めることはできないから、右同日に受理があったと解することはできない。

そうすると、被告町長は、本件申出書を受理したことがなかったものと解するのが相当である。

三  争点3について

1  原告は、本件事前協議の申出に対する受理等は被告町長が県知事からの一種の機関委任事務として処理するものであるから、被告町長は、例外なく開発行為計画者の事前協議申出書の提出を受理し、かつ、当該申出書を遅滞なく知事に送付すべきであって、これについて被告町長に裁量の余地がない旨を主張しているので、検討する。

2  〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。

一  【要旨二】市町長は、当該申出書が、<1>必要書類が欠けている等の受理要件を欠いたものである場合、<2>他の市町に所在する土地の開発に関するものであるなど内容に明白かつ重大な瑕疵がある場合には、不受理とする権限がある。

二  さらに、たとえ県が最終的な開発の許認可の権限を有しているとしても、当該市町は、自らの地域についての開発である以上、県の意向だけに従うべきものとはいえないことから、当該開発計画の内容に当該市町が賛成できないような重大な欠陥がある場合も、市町長には、当該申出書を不受理とする権限があると解されている。

3 このように、被告町長には、本件申出書の受理又は不受理について、裁量の余地があると解するのが相当である。

四  争点4について

1  原告は、被告町長が本件申出書を受理せずこれを知事に送付しないことが違法であるとして、被告町には国賠法一条の損害賠償責任があると主張しているので検討する。

2  〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。

(一) 本件ゴルフ場予定地の八割程度は、保安林である。

(二) ゴルフ場予定地に保安林が含まれている場合、兵庫県では、それが全体のごく一部でない限り、開発行為協議申出の取り下げを指導しており、被告町長としても、このような場合は、ゴルフ場開発は極めて難しいと認識していた。そして、本件ゴルフ場を開発するためには、右保安林の解除が必要であり、原告にとっても、その解除のためには被告町が参画する第三セクター方式が当然の前提になっていた。

(三) しかし、被告町は、過去に第三セクター方式に参画したことはなく、その知識、経験はないに等しく、さらに、原告の第三セクター方式に参画するとなると、被告町が特定企業に関わることになり、被告町内には、当時、他のゴルフ場開発計画が二件あったため、本件ゴルフ場開発だけに被告町が参画することができない事情があった。

(四) なお、証人杉浦公彦は、被告町が原告側の設定した第三セクター方式の勉強会に二度参加したことがあり、その際に被告町が第三セクター方式に関する本三冊を原告側から預かっており、被告町には第三セクター方式に参画する意思がなかったとは到底言えないと証言しているけれども、第三セクター方式の勉強会については、証人杉浦の証言によるも、その具体的内容は明らかではなく、かえって証人高見三郎が証言するように、被告町側はその場で本件ゴルフ場開発は困難であることを説明したことが認められる。また、被告町が原告側から右本を三冊預かったことは、証人高見の証言からも認められるが、右本を預かったことをもって、直ちに勉強会があったとまで推認することはできず、かつ、被告町に第三セクター方式に参画する意思があったと推認することもできない。

3  【要旨三】そうすると、本件のように保安林が開発予定地の八割程度を占める場合には、兵庫県が事前協議の取り下げを指導していたため被告町は本件ゴルフ場計画に消極的であったこと、本件ゴルフ場開発に必要な第三セクター方式に被告町が参画する意思がなかったことが認められるから、開発予定地に八割程度の保安林を含み、かつ、被告町が参画する第三セクター方式を前提とする本件申出書を被告町長が受理せず知事に送付しなかったのは、当該開発計画の内容に当該市町が賛成できない重大な欠陥がある場合として適法なものであると解される。

第四  結論

以上のとおりであって、本件要綱三条一項所定の協議は、不作為の違法確認の訴え及び処分無効確認の訴えの対象となる処分に該当しないから、原告の被告町長に対する訴えは不適法なものとしていずれも却下し、原告の被告町に対する請求は、被告町長が本件申出書を受理せず知事に送付しなかったことが違法であることを前提とするところ、その前提が認められない以上、その余の点につき判断するまでもなく理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 辻忠雄 裁判官 渡邉安一 溝口稚佳子)

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